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2011年11月の記事

2011/11/16

ぶらり週末  高橋理事より

12345週末は好むと好まざるとにかかわらず、必ずやって来るものであるが、若い頃はその前日ともなれば、自然と胸の高まりを感じたものである。最近はと言えばその頻度たるや年に数えるほどしかないことに気付き、内心複雑な心境になることもしばしば。勿論そんな時でも他人には「忙しさにかまけて、なかなか自分の時間をもてないんだよ」と強がりともいえる言葉を発してしまうのだが。そんな日常をごく当たり前と思って過ごしている小生が、先日久しぶりに、本当に久しぶりにドライブに出た。きっかけは家から10分程の所に大型日曜大工店があり、そこにテーブルの材料を買いに出かけたのであるが、道中あまりの天気の良さにつられ、ついつい店の前を通過してしまったことにある。気付くと車は利根川の土手を快適に銚子方面に向かって走っていた。稲刈りの終わった田、風になびくススキの穂、真っ青な空、ドライブには又とない日和であった。が、20,30分もすると何か不自然な光景が目に入るようになった。それは住宅の屋根にブルーシートが被せてある家がだんだんと増えてきていることであった。更に足元に注目していると、利根川の土手にも長々とブルーシートが敷かれ、土嚢が積まれていることに気付いた。道路も波打っている所もある。これらは先の震災の影響であることは直ぐにわかったが、自然の持つエネルギーの大きさを改めて考えさせられた。

そうこうしているうちに香取市に入った。以前鹿島工業団地に仕事で何度か行ったことがあり、途中香取神宮の案内標識があったのを思い出した。震災で大きな被害を被った被災地の復興を祈願しようと立ち寄ることにした。香取市の繁華街を突き抜け暫く行くと左側に道の駅があり、それを過ぎてまもなくT字路を右折し道なりに5,6分走ると香取神宮の大鳥居が見えてくる。ここに車を駐車した。
香取神宮の御祭神(経津主大神)と利根川を挟んだ茨城県の鹿島神宮の御祭神(武甕槌大神)の2神が日本国を平定したと、出雲の国譲りの神話に出てくるなど、古くから国家鎮護の神として崇敬され、大正天皇も御参拝されるなど皇室からも御崇敬が篤い。平安時代には伊勢神宮、鹿島神宮、香取神宮のみが「神宮」のご称号を以って奉祀されていたという格式高い神社である。

さて大鳥居の前にはお店屋が並び、名物草団子やお食事処、土産屋が軒を連ねる。大鳥居は朱塗で上反り型(利根川を挟んだ茨城県鹿島神宮は白塗アーチ型)、ここから境内に入る。玉砂利が敷かれた緩やかに左に曲がった参道を進むと異様な光景に出くわす。参道の両脇に並ぶ多くの石灯籠の半分ほどが、無残にも崩壊してしまっている。先の震災で倒れてしまったのである。まもなく左側に護国神社の案内が目に入る。香取出身の御霊を御祭神として祭っているが、その横に「要石」がある。これは古くからこの地方は地震が多く、その原因が地中深くに住む大ナマズが暴れることによると信じられていた。そこで香取神宮の大神様は大ナマズの頭と尻尾に石の棒を突き刺し、鎮めたといわれている。その石の一部が地表に出ており、水戸光圀公が参拝の折この石を掘らせたが根元を見ることはできなかったと言われている。しかし今回の大地震では、暴れまわる大ナマズをこの要石を以ってしても押さえ込むことは出来なかった。

まもなく参道を上がったところに総門がある。両脇には1対の古瀬戸の狛犬がある。室町時代の作といわれており、重文登録されている。小さいから見過ごし易い。総門をくぐると雰囲気が一変する。外部の喧騒と遮断された別世界に足を踏み入れた気がする。正面には楼門、江戸時代に建造されたもので屋根は“とち葺”だったようです。桜上の額は東郷平八郎の筆によるもの。この楼門も重文となっている。

楼門をくぐると正面に拝殿その後ろに本殿が目に飛び込んできます。これは江戸時代徳川幕府により造営されたもので桃山様式を取り入れ、屋根は元は柿葺でしたが現在は桧皮葺となっている。神社建築を代表するものとして重文に指定されている。拝殿では結婚式が行われており、笙、篳篥の音が境内に響き渡り、一瞬心が清められる思いがした。本殿は平安時代には20年毎のお立替制度があったが、戦国時代になくなった。伊勢神宮では20年に一度の式年遷宮が今も行われている。被災地の1日も早い復興と目の前で執り行われている若いカップルの将来が光り輝くものになるよう手を合わせ祈願した。

拝殿左には大正天皇御参拝の折に植樹された御手植松があり、また右側には御神木(樹齢1000年、胴回り7.4m)が空を付きぬけるように聳え立っている。本殿横を通り裏に回ると御神木に劣らぬ杉木立が続く。その奥に奥宮があり、これは伊勢神宮遷宮の折の古材を使って建立されたものである。杉木立の合間から見る本殿もまた趣があって心を打たれる。こじんまりとした香取神宮であるが、小生今まで見た神宮の中でも特別な感慨に浸れる1つであった。

すばらしい秋空に誘われて、確たる目的を持たないままのドライブであったが、小生にとっては貴重な時間を過ごすことが出来たと満足している。
さて利根川を渡って隣の今テレビで放映されている塚原朴伝・鹿島神宮へ足を伸ばしてみるか。

写真 上段:左より 香取神宮大鳥居、倒壊した石灯籠、参道
         下段:左より拝殿、本殿

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2011/11/01

JETPA雑記帳 エネルギー (蓄電技術への期待)

52エネルギーは私達が生活する上で必要不可欠なものであり、①何をエネルギーにするのかという問題と②エネルギーをどのように使うかという問題が密接に絡みあっている。この問題の選択と使用方法が社会のインフラに大きな影響を与えることはいうまでもない。①の何をエネルギーに使うのかという問題に対しては、資源枯渇を考えると人類は長期的展望に立って再生可能エネルギーの方向性を取らざるを得ないだろう。次に②のどのように使用するのかという問題になると従来のエネルギー量の維持を前提に現実的発想をしていくと無尽蔵に近い再生エネルギーを溜めて使用する方法が効率的で、対応可能な方法ではないかと思われる。(もちろん、エネルギー量・効率、コストの問題が使用する各々の機器に個別にはあることはいうまでもない。)駐輪場の屋根に太陽光発電パネルを置き充電させて電動自転車に使用するスマートなビジネスモデルがあったと思うが、この再生エネルギーのビジネスモデルはエネルギーの将来展望において意味深である。今後、再生エネルギーを蓄電し使用する社会インフラの大きな制度設計が必要になってくるだろう。又、コモディティ化する経済においてはブランド化の優先順位は当然、高くなる。とすれば社会インフラに大きな影響を与えるエネルギー分野における蓄電技術の推進はスマートで安全でクリーンという大きなブランドになるだろう。再生エネルギーを溜める技術の推進が私達の従来の生活と経済を発展させる大きな鍵であることを強調しておきたい。(図:イメージイラストより)

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