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2011年10月の記事

2011/10/16

「東日本大震災の被災地をみて」 柴野会長 より

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平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災の後、私は現地へ行って、報道では感じられなかったある種の感情に襲われた。それは、大自然の力の大きさと、自然を征服しようとした人間の力の小ささに驚くとともに、自然に対する畏怖の念に基づくものであった。それとともに、伝え聞くのではなく、実際に自分の目で見ることの大切さを知った。このような経験があったので、平成23年3月11日東北地方を襲った東北地方太平洋沖地震による『東日本大震災』の状況を実際に見てみたいと思っていたところ、先日産業廃棄物関係の仕事で岩手県盛岡市へ出かける機会があり、少しの時間であったが、被災の状況を見せていただいた。私の住んでいる富山から妻の運転する車で行ったので、仙台市の状況を高速道路からではあるが見ることが出来た。東北自動車道を仙台南インターで降りて、仙台南部道路、仙台東部道路、三陸自動車道、仙台北部道路を経て東北自動車道へ戻り岩手県に向かった。仙台空港方面へも行きたかったが、時間の関係で行くことが出来なかった。

大地震と言えば阪神・淡路大震災のイメージが強かった私にとって、仙台市内の様子は私の思っていたのとは全く違っていた。直下型の地震であった兵庫県南部地震では、高層ビルが倒れ、高速道路の倒壊もあった。一方、震災後半年を経過していたことと、高速道路を走行したこともあるが、仙台市内の様子は神戸と比べて様子が違っていた。農村地帯で一部の家屋の胸にブルーシートがかけられているのを見て地震があったのかと分かる程度であった。盛岡市での仕事を終え岐路についたが、途中、陸前高田市から気仙沼市へ向かった。

陸前高田市の海岸部へ出てみると、今まで見たこともない光景が一面に広がり、このようなことが起こりうるのかと自分の目を疑った。見渡す限りガレキの集積所と化しており、民家の建物の姿はなく、かろうじて基礎の部分が見られるのみで、鉄筋の建物についても1階部分は空洞化し、それより上の部分には、津波で流されてきたいろんなものが引っかかっていた。

現地を見て、市民やボランティアの皆さんの活動が活発で、いたるところで重機が動き、ダンプカーが頻繁に行き来しているのが印象的であった。そして、ガレキが非常にていねいに分別され、集積されていたこと、被災した自動車の数が非常に多かったことに驚いた。これらガレキの処分については、廃棄物処理法の問題があり、なかなか進まないとの話である。海水をかぶっているので燃やせばダイオキシンの心配があり、再生利用しようとしても品質に問題が出るという。法律問題よりも、被災者の生活環境の建て直しが大事であり、超法規的な処理が必要であることを痛感した。
陸前高田市から気仙沼市へ向かおうとしたとき、周りに何もない海岸に一本の松の木がすっくと立っているのが目に入った。海岸に植えられていた多くの松のうち生き残った、たった一本の松である。樹木医や市民のひっしの願いを受け、懸命に生きようとしている姿が、痛々しい中にも力強さを感じさせられた。流された多くの松の分も長生きしてほしいものである。海岸線を走っていて、海に近いところの木の葉が茶色く変色しているのが印象的であった。すこし入ったところの木がなんともないところを見ると、根の部分が津波をかぶったのだろう。痛ましい限りである。
今回は、廃棄物の状況を見せていただいたが、被災者の方の生活、その他の面でも同様であろうことが想像できた。行った時は、ちょうど台風15号の襲来による大雨などがあり、思うように動くことが出来なかったが、被災地を見せてもらって良かったと思っている。被災者の皆さんからお叱りを受けるかもしれないが、まさしく「百聞は一見にしかず」である。そして、一時的なものではない支援をしていかなければならないことを、身にしみて感じた次第である。また、岩手県の人から聞いた話であるが、津波の被害を受けられた地域の神社の多くが難を免れ、そこに避難された人たちが数十人単位で助かったそうである。過去に幾度か津波の被害を受けた先人の知恵なのだろうか。大津波は、おおむね100年間隔でやってくるので、世代間の伝承も薄れがちであり、どうしても便利な海岸近くに商店や施設が出来、市民も集まり、被害を受けやすいのだという。科学の粋も良いが、先人の知恵や経験も参考にする必要が有るのではないかと思う。

写真説明
写真上段左より1枚目:おびただしい数の被災車両。このような山が何ヶ所かあった。
2枚目:建物がなくなった場所にとガレキの山。重機が忙しく動いていた。
3枚目:ガレキの山と、3階まで津波が来た跡が見える。
中段左より1枚目:建物がなくなったあとが今も浸水している。
2枚目:道の駅「高田松原」の1階部分には何もなかった。
3枚目:右手奥にただ1本残った松が見える。
下段:谷沿いに津波が上がってきたのか民家は基礎を残すのみ、根元が海水に浸かった山の木がかれている。

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2011/10/01

森川先生(2) 末松理事より

今年(平成23年)の近畿地方の夏の山沿いでは、例年になく多くの雨が降りました。私が通う鮎の漁場近くの降雨量を調べてみると、7月約600mm、8月約300mm、9月1700mm以上と非常に多量の雨が降っています。河川は増水し鮎日和の日が少なかったようです。近年河川環境の悪化と鮎質の劣化が進行し、鮎の食味はもとより鮎釣りの醍醐味が少なくなり、年齢と伴に鮎・鮎釣りへの執着がだんだんと少なくなっているように思えます。これに反比例して河川環境の悪化を嘆く心は年々大きく成長します。この現実に対して私は何をすべきなのか。何ができるのか。
 このままどんどん河川環境が悪化するのなら、「せめて現況の河川環境の実態を記録に残して置きたい」と。「来年この景色はなくなるのでは」という恐怖感に駆られて、「もっと早くから記録しておけばよかった」という反省のもと、最近では渓流景色のビデオ撮影や写真撮影を始めています。
幸いにも今夏、高性能・軽量の水中カメラを獲物としましたので、これで撮影した写真を見ていただきたいと思います。しかし何分素人で不慣れなカメラ扱いでありますので、若干ピントのずれた部分についてはご容赦願います。
1_2写真1 『渓流風景①』
大雨後3日。
極若干の「白にごり」が残っている。

2_2写真2 『渓流風景②』
渓流遠景。
昔の渓流の名残を感じる風景。

3_2写真3 『渓流風景③』
渓流遠景。右岸曲がりに大きい礫の堆積が見られる。(谷筋より落下?)
岩と木の境界や岩盤の色の違いから、大水が出る高さが推定できる。


4写真4 『渓流風景④』
渓流と巨岩。美しい渓流に見えるが、中央左部分の右岸斜面崩壊。落ち込み下の淵が無くなり、急流となっている。

5_2写真5 『渓流風景⑤』
大雨後3日。玉石に珪藻は付いていない。
水質はよさそうだ。


6_2写真6 『渓流風景⑥』
大雨後3日 濁流で移動し大石が磨かれたためか、表面が真っ白な岩
後方、平水時には目立たない滝が出現。

7_2写真7 『水中写真①』
大雨後3日。
急流では、珪藻が飛んでしまっている。

8_2写真8 『水中写真②』
落ち込み手前の水中写真。大雨後10日でいい色の珪藻が付いている。
         下流側に小砂利が堆積。


9_2写真9 『表層崩壊』
十数年前の土砂崩れ跡。
緑がなかなか回復しない。

10_2写真10 『渓流風景』
渓流激変。左岸右岸ともに砂礫の堆積が著しい。アマゴの逃げ場所が少なくなっている。


11_2写真11 『豪雨初期渓流風景①』
谷筋から濁流が支流へ。

12_2写真12 『豪雨初期渓流風景②』
集中豪雨で濁流になりつつある支流。岩の間に草が茂っている。十数年前はこのような草が生えていなかった

13_2写真13 『渓流風景⑧』
渓流激変。大雨後右岸に堆積した大石・岩(高さ約2m)
水流で運ばれてくる。

14_3写真14 『チビアマゴ』
砂利床を泳ぐ小型アマゴ。
尾びれの橙色が美しい。
堆積砂礫の小ささがわかる。

15_2写真15 『放流天然鮎①』
大雨後10日。落ち込み手前の珪藻が付き始めた岩を「なわばり」とする小型鮎。


16_2写真16 『放流天然鮎②』
身をくねらせて珪藻を食む直前の鮎。

17_2写真17 『放流天然鮎③』
一等地に「なわばり」を持つ鮎。
撮影していても逃げない。

18_2写真18 『鮎の食み跡』
二筋の笹の葉状の食み跡の幅で鮎の大きさがわかる。
この程度の食み跡では鮎の数は少ない。

19_2写真19 『腐れ垢?』
珪藻の色に注目。
モヤモヤした感じで剥離しやすい。
手前に緑がかった珪藻(緑藻?)が見られる。

20_2写真20 『川の獲物』
水はきれいが香りの少ない「香魚」鮎。
今年の鮎は小ぶりでした。(20cm~22cm)


各写真を一見すると、美しい渓流風景と感じる方が多いと思いますが、鮎釣りを始めた昭和50年代から比べても大雨が降る毎に河川風景が徐々に悪化していることを否定できません。過去の降水量データと河川環境の変化を見ると、2,3日で300mm~500mmの大雨があると土砂崩れが発生し、河川では大石が動き渓流風景が激変しているように感じます。同時に土砂の堆積が進行し、土砂崩れ跡の緑の修復が進行する前にまた大雨が降ってしまうという降雨強度の増大と頻発による悪影響を受けているようです。大雨による土砂崩れを起こしている森の状態はどのようなものなのか。どのような森が土砂崩れを起こし易く、どのような森が起こし難いのか、崩壊現場での検証が必要です。近畿の杉林と屋久杉の森の違いはどうなのか。広葉樹の森と針葉樹の森の違いはどうなのか。答えが出てくるのではないでしょうか。

 8月25日に発生したスロー台風12号による空前の降雨により紀伊山地の十津川水系では、明治の大水害以来の甚大な水害が発生しました。そして深層崩壊と呼ばれる大規模な土砂崩れにより天然の堰き止め湖が出現しています。大雨による川相の変化どころの話ではありません。航空写真で見ると1平方キロメートル程もあるのではないかと思えるような大規模な山自体の片面全体の大崩落により、十津川支流が堰き止められ、既存の人工ダム湖に相当するような湛水面積の土砂ダム湖が、今後の大雨により出現するのではないかと心配しています。既存ダムの有効貯水量が約1700万トンに対し、これらの土砂ダムが満水になれば500万から800万トンと計算されているようですが、決壊すればどのような連鎖被害を及ぼすことになるのでしょうか。下流の人工ダムは受け皿になれるのでしょうか。

 自然の猛威を想定外とした原子力災害、人智の及ばぬ天然災害。本当でしょうか。思考停止と継承不全、そして想像力の欠如。人類は野生の直感を無くしているのでしょうか、それとも情報が頻発・過大で処理できないのでしょうか。この土砂ダムが都会の上流にできていれば対策は変わるのでしょうか。同様の降雨が2回連続する確立は想定外ですね。自然体で修復してください。森川先生。

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