「東日本大震災の被災地をみて」 柴野会長 より
平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震による阪神・淡路大震災の後、私は現地へ行って、報道では感じられなかったある種の感情に襲われた。それは、大自然の力の大きさと、自然を征服しようとした人間の力の小ささに驚くとともに、自然に対する畏怖の念に基づくものであった。それとともに、伝え聞くのではなく、実際に自分の目で見ることの大切さを知った。このような経験があったので、平成23年3月11日東北地方を襲った東北地方太平洋沖地震による『東日本大震災』の状況を実際に見てみたいと思っていたところ、先日産業廃棄物関係の仕事で岩手県盛岡市へ出かける機会があり、少しの時間であったが、被災の状況を見せていただいた。私の住んでいる富山から妻の運転する車で行ったので、仙台市の状況を高速道路からではあるが見ることが出来た。東北自動車道を仙台南インターで降りて、仙台南部道路、仙台東部道路、三陸自動車道、仙台北部道路を経て東北自動車道へ戻り岩手県に向かった。仙台空港方面へも行きたかったが、時間の関係で行くことが出来なかった。
大地震と言えば阪神・淡路大震災のイメージが強かった私にとって、仙台市内の様子は私の思っていたのとは全く違っていた。直下型の地震であった兵庫県南部地震では、高層ビルが倒れ、高速道路の倒壊もあった。一方、震災後半年を経過していたことと、高速道路を走行したこともあるが、仙台市内の様子は神戸と比べて様子が違っていた。農村地帯で一部の家屋の胸にブルーシートがかけられているのを見て地震があったのかと分かる程度であった。盛岡市での仕事を終え岐路についたが、途中、陸前高田市から気仙沼市へ向かった。
陸前高田市の海岸部へ出てみると、今まで見たこともない光景が一面に広がり、このようなことが起こりうるのかと自分の目を疑った。見渡す限りガレキの集積所と化しており、民家の建物の姿はなく、かろうじて基礎の部分が見られるのみで、鉄筋の建物についても1階部分は空洞化し、それより上の部分には、津波で流されてきたいろんなものが引っかかっていた。
現地を見て、市民やボランティアの皆さんの活動が活発で、いたるところで重機が動き、ダンプカーが頻繁に行き来しているのが印象的であった。そして、ガレキが非常にていねいに分別され、集積されていたこと、被災した自動車の数が非常に多かったことに驚いた。これらガレキの処分については、廃棄物処理法の問題があり、なかなか進まないとの話である。海水をかぶっているので燃やせばダイオキシンの心配があり、再生利用しようとしても品質に問題が出るという。法律問題よりも、被災者の生活環境の建て直しが大事であり、超法規的な処理が必要であることを痛感した。
陸前高田市から気仙沼市へ向かおうとしたとき、周りに何もない海岸に一本の松の木がすっくと立っているのが目に入った。海岸に植えられていた多くの松のうち生き残った、たった一本の松である。樹木医や市民のひっしの願いを受け、懸命に生きようとしている姿が、痛々しい中にも力強さを感じさせられた。流された多くの松の分も長生きしてほしいものである。海岸線を走っていて、海に近いところの木の葉が茶色く変色しているのが印象的であった。すこし入ったところの木がなんともないところを見ると、根の部分が津波をかぶったのだろう。痛ましい限りである。
今回は、廃棄物の状況を見せていただいたが、被災者の方の生活、その他の面でも同様であろうことが想像できた。行った時は、ちょうど台風15号の襲来による大雨などがあり、思うように動くことが出来なかったが、被災地を見せてもらって良かったと思っている。被災者の皆さんからお叱りを受けるかもしれないが、まさしく「百聞は一見にしかず」である。そして、一時的なものではない支援をしていかなければならないことを、身にしみて感じた次第である。また、岩手県の人から聞いた話であるが、津波の被害を受けられた地域の神社の多くが難を免れ、そこに避難された人たちが数十人単位で助かったそうである。過去に幾度か津波の被害を受けた先人の知恵なのだろうか。大津波は、おおむね100年間隔でやってくるので、世代間の伝承も薄れがちであり、どうしても便利な海岸近くに商店や施設が出来、市民も集まり、被害を受けやすいのだという。科学の粋も良いが、先人の知恵や経験も参考にする必要が有るのではないかと思う。
写真説明
写真上段左より1枚目:おびただしい数の被災車両。このような山が何ヶ所かあった。
2枚目:建物がなくなった場所にとガレキの山。重機が忙しく動いていた。
3枚目:ガレキの山と、3階まで津波が来た跡が見える。
中段左より1枚目:建物がなくなったあとが今も浸水している。
2枚目:道の駅「高田松原」の1階部分には何もなかった。
3枚目:右手奥にただ1本残った松が見える。
下段:谷沿いに津波が上がってきたのか民家は基礎を残すのみ、根元が海水に浸かった山の木がかれている。
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