「温室効果ガス(CO2等)25%削減政策について思う」

民主党は、2009年8月の衆議院議員総選挙のマニフェストで、『CO2等排出量について、2020年までに25%減(1990年比)、2050年までに60%超減(同前)を目標とする。』という地球温暖化対策を打ち出し、政権獲得後の国連総会で、鳩山首相は、2020年までに25%減(1990年比)とすることを公約した。自民党の麻生政権が打ち出した8%削減(1990年比)とは、大きな隔たりがあることから、当然、各界からいろいろな反響が出ている。
日本の産業界に大きな打撃を与えるのではないかと懸念する声が大きい。世界的に見て、アメリカ、中国、インドという巨大排出国が、積極的な姿勢を見せていない今、日本だけが、公約を守れという追及を受けるのではないか。アメリカが、オバマ大統領になって方向転換しそうだとは言え、京都議定書の締約国にならないのは、まさしくアメリカ経済を壊滅させたくないという思惑からだろう。などという懸念は、経済人として当然だと思う。また、1990年比という時間設定が、環境対策の先頭を走り続けてきた日本にとって、不利ではないか。すなわち、同じ削減率でも、1990年当時すでに対応を進めていた日本のような環境対策先進国と、これから始めようという環境対策途上国との間で、対策の困難さに差があるという議論である。トップランナーが損をするシステムは、決して推奨されるものではない。もっと基本的なところでは、地球の気温上昇は温室効果ガスのせいだろうかとか、地球は、温暖化に向かっているのではなく、寒冷化に向かっている。現在の気温上昇は一時的なものだという議論などがある。その他、賛否両論が渦巻き、それぞれに言い分がある状況を見て、私は、1960年から、1970年頃に至るころの公害論争を思い出した。戦後経済復興を優先してきた政府は、水俣病、イタイイタイ病、新潟水俣病、四日市ぜん息に代表される公害病が全国各地に発生するのを見て、経済優先から公害対策へと大きくカーブを切った頃である。1970年(昭和45年)12月の公害国会で、14本もの法律が、制定・改正され、公害に係る法体系が整い、対策優先の政治が始まった。私たち公害行政に携わっているものにとって、大いに歓迎すべき方向転換であったが、経済が失速しないかという一抹の心配もあった。しかし、日本の公害対策技術は、見事に経済を失速させること無く、世界のトップランナーになることができた。私には、政権交代が行われた今、ちょうどその頃の状況にオーバラップして見える。25%削減という目標を掲げたからには、政界、財界、国民一体となって目標達成に向かって努力するということが必要ではないか。目標が達成されるためには、多くの犠牲も必要だろう。また達成できないかもしれない。1960年代のように、目に見える被害が顕著ではないことから、国民の意識としてピンと来ないのかもしれない。今は、目標に向かって努力することが大事で、達成できるかできないは問題ではない。
努力すれば、かつてのように、環境対策で、世界のトップランナーに成る可能性もある。夢を持って生きたいものだと思う。
JETPA 会長 柴野嘉寛 写真:イメ-ジイラスト
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